ゲームを禁止してからの様子は・・・
任天堂DSを禁止してから1週間が経過しました。
ゲームを禁止してから子供が変わったことはといえば・・・
・親兄弟との会話が増えた
・弟の面倒をみるようになった
・本を読むようになった
・ご飯をしっかりと食べるようになった
などなど親からすれば嬉しい変化ばかりでした。
と、いってもゲームができないからやっているという感じの
ことも含まれますので手放しでは喜べません。
母親とも共通して一番変化を感じたのは
【ご飯をしっかりと食べるようになった】
ということです。
ゲーム三昧の時はご飯を全然食べなくなりました。
ご飯を食べる時間ももったいないくらいにゲームをしたくなってしまって
いたのです。
母親が愛情を込めて作ったご飯は、「体」と「心」を強くする栄養が
たくさん含まれています。
だから美味しいんです。
子供達もゲームの呪縛から解き放たれてみて、
ご飯の美味しさを再認識したのか「おかわり」をするようになりました。
食卓では子供も親もニコニコです。
さて・・・しかしながらいつまで経ってもゲームを禁止にしておく訳には
いきません。
以前にも書きましたように、子供社会のコミュニケーションツールとして
ゲームは必要不可欠の存在となってしまっているからです。
どのタイミングでどのようにして復活させるかは妻と話し合っています。
何れにせよゲームをしない時の時間の過ごし方を少しは思い出したので、
この感覚を持ったままゲームを楽しんで欲しいと思います。
ニンテンドーDSの脅威
7歳の長男がニンテンドーDSのソフトを2本も紛失していたことが発覚しました。
無くしたことがバレると怒られると思ったから隠していたというよりも
「見当たらないけど、まあいいか・・・」みたいな感じでした。
DSについては小学校のクラスで持っていない子が2人しかおらず、
そのうちの1人だったので、友達と遊びづらかろうと購入したものです。
購入してからは「やるべきことをしたら後は自由に遊んでよし!」という家訓からDSも制限時間無しで遊ばせていました。
一つのことにのめり込むタイプの長男は、とにかくDSにご執心でした。
それだけに本人にとっては大事な宝物のはずなのに、
ソフトが無くなっても知らん顔をしていることに「???」と疑問の連続でした。
きっと他にもソフトがあるから、「あるもので遊べばいいや」という感じなのかもしれません。
大事なものが無くなったら必死に探したりすると思うのですが、
物を大事にする気持ちがあまり育まれていないということです。
ソフトを必死に探す両親を横目に「いつまで探すの!?」って平気で聞いてきたりで・・・。
これは親の責任でもあるので、大事なものを無くすと言うことがどういうことかを体感させるために
妻と相談のうえDSは当分(春休み終了まで)禁止にしました。
ちょうど視力が落ちてきていたこともあり、お医者さんからもゲームのし過ぎに
注意してくださいと言われていたので一石二鳥だったのですが。
で、DSで遊べなくなった本人はどうかというと・・・
・本を読む
・弟と遊ぶ
・ノコギリや釘など大工セットを使って椅子を作る
などなど、DSを買う前の遊びスタイルに戻りました。
元々は小さいうちはそんな遊びをして欲しくてDSなどのゲームを与えていなかったのですが、
小学校のクラスのDS保有率とそのコミュニケーションツールとしての存在感を鑑みると
買わずにはいられませんでした。
親との会話もゲームをしている時よりも断然増えています。
DSをしている時はゲームの話しかしませんでした。
さてさて、この状況をどのように考えて子育てをしていくか・・・。
また、妻と「あーでもない、こーでもない」と話し合っていきます。
親としての喜び
親としての喜びはたくさんある。
・子供を授かった時の喜び
・妻のお腹の中で赤ちゃんが動き出した時の喜び
・子供が生まれた時の大喜び
子供が生まれるまででもたくさんの喜びがある。
その喜びはこれからの一大事を控えての『幸せの前払い』と言うべきか・・・。
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